vol.14掲載日:2026年9月7日
タイの鉄道を知る旅<第2弾>
世代交代を迎えたバンコクの二つの中央駅を歩く
~国王ラーマ5世の時代から発展し続けるタイの鉄道網、110年の歩み~
バンコクの二つの空の玄関口
まずは、空の話から始めましょう。
かつて、タイの空の玄関口といえばバンコク市内から北東に約23㎞離れた場所にある「ドンムアン国際空港」でした。
1914年にタイ空軍の飛行場として誕生した歴史を持ちます。
なんとアジア圏では最も古い空港です。
しかし経済発展に伴う航空需要の急増、空港周辺地域への騒音問題、そして空港施設の老朽化により、その許容能力はいずれ限界を迎えます。
そこで2006年9月、新たな国際線の拠点として、同市内から東へ約30km離れた場所に「スワンナプーム国際空港」が開港しました。
同空港は、海外からの新しい玄関口としてその役割を引き継ぎました。
一方、古き良きドンムアン国際空港も、決して終わりではありません。
現在では国内線や、急成長を遂げるLCCの拠点として新たな活路を見出し活躍の場を広げています。
そんな空の世代交代劇から17年が経った、2023年。
実はタイ国鉄の「バンコク中央駅」でも、これとよく似た”駅の世代交代”が起きていたのです。
1世代交代を迎えたバンコクの “ふたつの中央駅”
▲左:フアランポーン駅(旧中央駅)/右:クルンテープ・アピワット駅(新中央駅)
1916年に竣工し、今年で記念すべき110周年という節目を迎えたタイ国鉄(SRT※)の旧中央駅、正式名称は「バンコク駅」。
地元の人々は通称である「フアランポーン駅」とも呼んでいます。
どっちかと言えば私たち観光客もフアランポーン駅という呼び方の方がガイドブックなどで目にする機会が多いためしっくりくるかもしれません。
ドイツ人建築家の原案に基づき、ドイツのフランクフルト駅をモデルに設計された欧州風の半円形の屋根が美しいこの駅は、長らくバンコクの中央駅として君臨してきました。
しかしドンムアン国際空港同様に、施設の老朽化や拡張の難しさから、北北西に約7キロ離れた場所に東南アジア最大級の新駅「クルンテープ・アピワット中央駅」(旧バンスー駅)が誕生しました。
この結果、 フアランポーン駅は中央駅としての役割をクルンテープ・アピワット駅に譲ることとなったのです。
クルンテープ・アピワット駅は、2021年8月の部分開業を経て2023年1月に本格開業し、タイ地方都市を結ぶ長距離路線や国際列車の発着を受け継ぎました。
※SRT:タイ国有鉄道(State Railway of Thailand)の略
▲クルンテープ・アピワット中央駅の外観
▲左:チケット売り場/右:閑散としている待合室
実際にこの近代的なクルンテープ・アピワット中央駅へ足を運んでみました。
外観には巨大な国王と王妃の肖像画が描かれており、新たなメインステーションとしての威厳と風格を感じます。
中へ入ると、とにかくその広さに驚かされます。
列車が到着するタイミングは人が増えて若干混み合いますが、圧倒的な広さのため、普段はどこか閑散としている印象さえ受けます。
天井を覆う大きな屋根のせいで構内は少し薄暗く無機質で、独特の静けさが漂っていました。
広々とした構内の奥へ進むと、フードコートやお土産屋が並んでいるほか、昔駅の事務所などで使われていた計算機などの展示品や、隅に置かれた新駅のジオラマなどもあり、歩くたびにちょっとした発見もありました。
▲クルンテープ・アピワット中央駅のマップ
▲左:昔の駅で使われていた備品の展示/右:クルンテープ・アピワット中央駅のジオラマ模型
一方の旧駅であるフアランポーン駅は、2021年末で全ての列車の運行を終了する予定でしたが、なんと今も現役で活躍中。
現在は普通列車や近郊列車を中心に、1日あたり約20本が発着しています。
最盛期は1日あたり約200本の列車が発着していたそうなので、本数は約10分の1にまで縮小した計算になります。
ここから普通列車を利用して世界遺産アユタヤへ向かうことも可能です。
所要時間は1時間半から2時間と新駅から向かうよりも若干時間を要します。
ちなみに新駅からなら、急行や快速で1時間から1時間15分ほどでアクセスが可能です。
それ以外にも、パワースポットとして有名な「ピンクのガネーシャ」の最寄り駅であるチャチュンサオ駅へ向かうこともできます。
また、運賃5バーツ(約25円)という激安価格でドンムアン国際空港へ行くことも可能ですが、こちらは極端に本数も少なく遅延も多いため正直なところあまりおすすめはできません。
なお、年に7回ほど運行されている観光用の蒸気機関車も、今もなおこの旧駅から汽笛を鳴らし続けています。
▲フアランポーン駅(正面)左側の棟が「鉄道博物館」として利用されている
▲左:現役で活躍している9番線/右:待合室からホームへ続くゲート
実際にこの駅へ足を踏み入れると、待合室はとても明るく開放感にあふれています。
天井が高いからでしょうか。
ホームには誰でも自由に立ち入ることができ、レトロで趣のある空間にはどこか懐かしい鉄の匂いが漂っていました。
長い間バンコクの街を見守ってきた駅ならではの、旅情がいたるところに漂い、とても良い雰囲気の駅です。
ふとホームの先に目をやれば、この駅は博物館としての側面も持ち合わせているため、古い車両も展示されています。
そして、すぐその脇には現役で活躍する列車たちが多くの乗客を迎えていました。
役目を終えた車両と今まさに乗客を運ぶ列車が隣り合う景色も、フアランポーン駅ならではの見どころのひとつです。
▲丸い屋根が特徴のファランポーン駅
▲左:開放感のある待合室/右:チケット売り場
2バンコク版の都営大江戸線「MRTブルーライン」
新旧の中央駅は、地下鉄・高架鉄道「MRTブルーライン」で結ばれています。
両駅間の所要時間はわずか34分。
このMRTブルーラインですが、路線の形状が東京の地下を走る「都営大江戸線」によく似ています。
英数字の「6」のように一部分が環状の形状をしており、全38駅と多くの駅を有しながら、バンコク市内中心部の主要路線と接続しています。そのため地元の方にも観光客にも非常に便利な路線です。
形状は都営大江戸線ですが、役割で例えるなら「JR山手線」に近いのかもしれません。
例えば、他にはどのような駅と接続しているかというと、「MRTシーロム駅」は「BTSサラデーン駅」と接続し、「MRTスクンビット駅」は「BTSアソーク駅」に接続しています。
さらには「MRTペッチャブリー駅」からはスワンナプーム国際空港へと繋がるエアポートリンク(ARL)とアクセスができます。
同じく「MRTバンスー駅」(=クルンテープ・アピワット中央駅)からはドンムアン国際空港へアクセスできる「SRTダークレッドライン」へ乗車も可能です。
このように一部をご紹介しただけでも、非常に万能な路線であると言えます。
また、乗車方法にも嬉しい点があります。
日本の地下鉄でもクレジットカードのタッチ決済での乗車が可能になってきましたが、
ここバンコクのMRTやARLでもVISAやMASTERなどのクレジットカードのタッチ決済でそのまま乗車ができます。
旅行者にとってはさらに利便性が向上しています。
▲左:MRTバンスー駅(=クルンテープ・アピワット駅のMRT乗換駅)/右:MRTフアランポーン駅(=タイ国鉄ファランポーン駅と隣接している)
3タイの鉄道の110年の歩みと、日本からの援助と技術協力
▲歴代の王と王妃の肖像画/中央が「ラーマ5世」、左側がプミポン前国王とシリキット王太后、右側が現国王夫妻であるワチラロンコン国王とスティダー王妃
フアランポーン駅の待合室を見渡すと、待合室とホームとのゲートにひときわ目を引く立派な肖像画が掲げられています。
中央に描かれているのは、現国王の曽祖父にあたるラーマ5世(チュラロンコーン大王)です。
そして右側には現在の国王である「ワチラロンコン国王」と「スティダー王妃」、左側には「プミポン前国王」と「シリキット王太后」のお姿が並んでいます。
ラーマ5世の治世であった19世紀。
国の近代化と国土防衛のために鉄道網が整備されたこの時期は、「タイ鉄道の黎明期」と呼ばれています。
タイの鉄道は1897年3月26日にその歩みを始めました。
その後の激動の時代である第二次世界大戦中には、旧日本軍によって「泰緬鉄道」が敷設され、タイとミャンマー(旧ビルマ)を結び軍事物資輸送の一翼を担う時期もありました。
▲クルンテープ・アピワット駅構内に設置されている「バンコク大量輸送網整備事業」に関する看板
戦後を迎えると、タイの鉄道は日本からの技術支援や車両譲渡を得て、近代化を推進しました。
近年においても日本との交流はさらに続いています。
先ほど触れた新旧の駅を結ぶMRTブルーラインの初期区間(フアランポーン駅~バンスー駅など)は、日本の円借款によるJICA(国際協力機構)の政府開発援助(ODA)を活用し2004年7月に開通しました。
続くパープルラインやレッドラインでも、日本からの支援が行われました。
さらに新駅であるクルンテープ・アピワット駅の構内を歩くとある看板を目にします。
ここからドンムアン空港まで伸びる「SRTダークレッドライン」に関する記述です。
この路線にもバンコク大量輸送網整備事業として日本のODAが使われており、構内にはその証となる看板が建てられていました。
三菱、日立、住友といった日本の有名企業の名がそこに刻まれているのを目にすると、異国の地でありながらなんだかとても誇らしい気持ちになりました。
現在でも、JR東日本やJR北海道から海を渡ってきた車両たちも、タイ国鉄の工場でメンテナンスを受け、今もタイ全土で活躍しています。
4当時の空気をそのままに残す、博物館とダイナミックな車両の展示
フアランポーン駅を訪れた際にもう一つ立ち寄りたい施設がこちらです。
2015年10月に当時のタイ国鉄が開業し、現在は鉄道博物館財団が運営している「鉄道博物館」です。
各国の鉄道に興味のある方でしたらぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
▲博物館入口(入場無料)
▲左:鉄道模型やカンテラなどの展示/右:レトロな備品の数々
1階はお土産屋さんと鉄道模型やジオラマなどが展示してあるエリア。
レトロな鉄道備品を中心に展示しています。
大小の鉄道模型をはじめ、カンテラ(小型の合図灯)、タイプライター、古い計算機や電話、懐かしい硬券の切符などがあります。
さらには車両側面に掲示する行先表示のサイドボードまで、レトロな備品がずらりと並びます。
なぜか日本の鉄道の模型や玩具なども展示に紛れているなど、あまり規則性がなく陳列されているためカオスな雰囲気も感じられます。
▲左:安全喚起のポスター/右:当時の車内を再現した展示
▲左:王室専用列車内で使われていたソファー/右:三階に展示されている鉄道のジオラマ
2階へ進むと、タイ鉄道の軌跡や技術に関する展示があります。
壁一面には、安全や注意を促すポスターなどが飾られています。
日本の鉄道でも、駅構内にイラストで乗客に安全上の注意を促すポスターが掲示されていますが、昔のタイの鉄道にも同様のポスターが存在したことがわかります。
国は違えど、同じような啓蒙が行われていたのですね。
その他、王室の専用列車で使用されていた王様用のソファーや、当時の車内を再現したテーブルと椅子(イス)のセット。
さらに細い螺旋階段を昇って3階へ向かうと、車両の銘板やレールの一部、旧式の計算機、小さな鉄道のジオラマなどを見学できます。
そしてハイライトは、先述した実物車両の展示です。
駅の待合室から見て正面左側は現役の列車が発着していますが、正面右側に並んでいるのは引退した蒸気機関車やディーゼル機関車です。
イギリスやスイス、ドイツ製の蒸気機関車が多数並びます。
カラーリングが鮮やかなディーゼル機関車なども展示されており、機関車の懐かしい匂いと共にタイ鉄道のダイナミックな歴史を肌で感じることができます。
- 住所
- 191 Rong Mueang Road, Rong Mueang Subdistrict, Pathumwan, Bangkok 10330 Thailand
- 電話
- +66 02 220 4195
- 営業時間
- Open 08:30- Close 16:00
- 定休日
- 月曜日・火曜日・祝日
- 入場料
- 無料
5今回の旅を終えて
慢性的な交通渋滞が課題となっているバンコクでは現在、鉄道網のさらなる整備が最重要視されています。
今回訪れた二つの中央駅の世代交代もその一つです。
最近のタイ運輸省の発表によれば、近々の課題として、鉄道路線が行き届いていない地域の解消や、路線が途切れている「ミッシングリンク」を繋ぐことを目指しているとのことです。
さらに、複線化や高速鉄道の敷設なども加速させ、利便性を大きく向上させたいと考えているようです。
また、こうしたインフラ整備にとどまらず、運賃体系を見直して統一運賃を導入するなど、渋滞の原因となっている車やバイクから鉄道への利用転換を促す取り組みも進められています。
さらに国は、民間企業を巻き込みながら、鉄道を利用した国内物流の改善や、海外からの車両譲渡にとどまらないタイ国内での電車製造を支援し、強固な鉄道産業を築く意向を示しています。
これらは非常に楽しみな計画であり、今後のタイ鉄道の進化に大いに期待しています。
訪れるたびに、新しい発見があるタイの鉄道。
皆さんも、バンコクから鉄道を利用して他の都市を訪れてみてはいかがでしょうか。
コラム “人に話したくなる旅” 編集部
OPEN
TRAVEL COLUMN
旅のコラム “人に話したくなる旅”
- VOL.01コラム”人に話したくなる旅”はじまります
- VOL.02人気のビーチリゾート・ダナンを歩く<前編>
- VOL.03人気のビーチリゾート・ダナンを歩く<後編>
- VOL.07アジアの人気観光都市・台北市を歩く<前編>
- VOL.08アジアの人気観光都市・台北市を歩く<中編>
- VOL.09アジアの人気観光都市・台北市を歩く<後編>
- VOL.10アジアの人気観光都市・台北市を歩く<グルメ編>
- VOL.11まだ見ぬ台湾に出会う旅、台中市を歩く<前編>
- VOL.12まだ見ぬ台湾に出会う旅、台中市を歩く<後編>
